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彼は欲しがらない。
願望系、〜したいとかの言葉が彼の口から出たことはなく、いつも、「会いたいん?」だの「したいん?」だの、下からいやらしく挑発しては私に頷かせるのだ。どうせ答えがわかってるのなら、訊かなければいいのに。
「あんたは狡いのよ」
「へえ」
その顔。私の心を見透かして、分かりきった答えを言わせて、満足?そこから引きずり下ろしてやりたい。胸元を乱暴に掴むと、光は意地悪く微笑んで私の視界いっぱいを埋める。悔しい、から噛みついた。光の背の向こうで、さっきまでいじっていた携帯が落ちる。会いたい。4文字の文面に少しも心は揺るがない。ただ馬鹿らしいほどに悔しいだけ。私は言えない。言いたい。さらけ出せるのなら。
「メール、返さんでええの?」
「別にいい」
また笑う。アンタなんかいなくても平気って顔して好きでもない男と馴れ合い。光が微かな裏切りと痛みを感じるのなら嬉しいけど、やはり動揺も嫉妬もしないだろう。私と光の間には何もない。甘い言葉も関係も、繋ぐ理由も。がちゃがちゃ煩い着信が何秒鳴るか数えてみよう。40を超えたら、彼に好きだと言ってみようか。カウントダウン、開始。
「鳴っとるけど、」
「うん」
「男?」
「うん」
10、9、8、
深く切りすぎた爪に意味もなく視線を落とす。あと少し。言いたいことはたくさんあった。どれも至ってシンプル。会いたい。(会いたくない)好き。(嫌い)行かないで(さよなら)愛して(愛してる)
5、4、プツン、
言えなかった
(言うつもりなんてなかった)
120510 八万打御礼